高い飯
昨日21年間、顔も見ずに、話しもしないで過ごしてきた父親と電話をした。
中学、高校の時は「いつか会いたいな~」ぐらい気軽に考えてた。
大学の時に急に気になって市役所に行って戸籍を調べると再婚していて子供もいた。
会おう会おうと思っていたけどいざ会うとなるとかなり腰が重くてなかなか前に進まなかった。
子供がいて、奥さんもいて、自分が急に現れたら家庭に迷惑なんじゃないかとか考えた。
強い気持ちを持って絶対に会うと決めて母親に固定の電話番号を聞いて電話をした。
人間は気持ちが大事である。
魂が健全じゃないと思わぬ間違いを犯してしまう。電話には奥さんが出て怪しまれた。
父親はマンションを買っていたので、母親に住所を聞き手紙を書いた。
宛どころ尋ねあたらずのハンコが押され、返ってきた。
もう一度同じ住所に、新しい手紙を送る。
また宛どころ尋ねあたらずの手紙が返ってくる。
世間では阿佐ヶ谷でミミズクが現れ、話題になるも車に轢かれ亡くなってしまうという悲しいニュースが流れる。ミミちゃんは全く悪くないのにかわいそうだね。普段脚光を浴びない阿佐ヶ谷民がにわかに沸き立つ。動物好きが多い。このままミミちゃんは阿佐ヶ谷のニューマスコットとして地元住民に愛される存在になるのではないだろうか。そんな期待を寄せてる中の悲劇。
地元の市役所に行き、戸籍の附表を取ると父親は引っ越していることが判明する。
引っ越し先に改めて手紙を書く。
最近近所にできた喫茶店でマグロとアボカドの漬け丼を食べて、珈琲を飲みながら書いた。
会いたいという気持ちと連絡先を書いた。
数日後、見知らぬ番号から着信が入る。
電話には気づいていたけれど、心の準備が必要だったので出なかった。
自分が万全な状態でないといけない。
その日に2回着信、翌日に1回着信が入る。
3回目の着信の日に新宿御苑の大きな木の下で折り返し電話をした。
父親が出た。
向こうはもう自分だと分かっていた。
多分5分ぐらい話した。
父親は泣いてた。
電話を切ってから何とも言えない気持ちになった。
21年間も考えてた事なのにこんな感じになるのが驚く。
勝手に父親とは心の中で繋がってると思ってたけど、他人のように感じる。
なんかその事考えると、自分には本当の親がいないのかもと思う。母親とも戸籍を外したし。
孤独感はそんなに感じなかった。
親はいなくても孤独ではない。
親に対する幻想は、心の拠り所みたいな、無条件で安心できる存在だと思っていたけど違う。
こんな気持ちになるなら電話しないで心の中のロマンスとして閉まっておけば良かったかも。